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法事は人生の節目となる。

先日、伯母のお葬式にいってまいりました。享年80歳。

いまや親戚一同も高齢となったので、お互いの顔を見るのは、お葬式の時くらいになってしまいました。

伯母のお葬式のときに気がついたことですが、25年前の祖母のお葬式のときには、もっと沢山の参列者がいたと記憶していました。法事の時に集まる親戚一同との酒の席では、たいがい退屈した子供達が早く帰りたいとぐずるものですが、私もそんな子供の一人だったのです。今回はそういった子供の姿は見えませんでした。まさに少子高齢化、核家族化があらわれているのだなと感じました。

あの時、祖母のお葬式のとき参列していた、祖父、伯父、伯母、伯父の奥さん、伯母の旦那さんの5人の親戚筋の人達は今回参列した伯母のお葬式までに皆亡くなってしまったんだなと思い、時の流れを感じざるをえませんでした。

今残っている伯父伯母も、ゆくゆくは鬼籍に入ります。そして父母も、私たちも例外ではないです。法事があることによって、誰かの死が誰かの記憶に残るでしょう。それは人にとっての節目となります。

そう考えると、法事という行事は目に見えない時間の流れというものを、静止画のように感じさせてくれるものだと思うのです。

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